第十一話「落下」

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不意にスピーカーから警告音と共に無機質なコンピューターの声が流れた。
「警告します。ISSの高度が下がっています。警告します。ISSの高度が下がっています。・・・」
イワノフとドーソンは激しく狼狽して顔を見合わせた。
「そういうことさ、お二人さん。すでに手遅れってわけ。」
ベンジャミンの顔だった花はそう言い終えるとつぼみに戻り、再び開くがそこにベンジャミンの顔は無い。いつの間にか別の花がベンジャミンの顔に変わっていた。
「おまえっ、ISSを地球に落とすつもりかっ?」
ドーソンが檄昂する。
「ベンジャミンの体のまま滞在期間が終わるのを待っても良かったんだがな。我々は長い間星々の間を彷徨い続け、もう待ちくたびれた。だから少しだけ荒っぽい方法をとる事にした。」
「だがそんなことをして無事で済むはずが無い。」
「おや、我々の心配をしてくれるのか?思慮深い男だなイワノフは。しかしそれには及ばんよ。」
突然花が落ち、葉が散り始め床一面を埋め尽くした。
続いて枝と根がパキパキと乾いた音をたて細かく折れてその上に散らばった。
その一つ一つが小刻みに震えながら緑色のスライム状に変わり、また何かを形作り始める。
ベンジャミンだ。
正確にはベンジャミンの顔のみ。
何十、いや何百ものベンジャミンの顔が床から二人を凝視している。
その全てがいっせいに同じことを喋り始めた。
「惑星の崩壊と宇宙空間を生き抜いた我々だ。大気圏突入時の空力加熱さえしのぐ事ができれば後はどうとでもなる。自分たちのことを心配した方がいいんじゃないのか?もっとも、どうあがいても死を免れる事はできないだろうが。」
喋り終わると一つの顔がクスクスと笑い始め、やがてさざ波のように全体へと拡がっていった。
「ふざけんじゃねえ!」
ドーソンが怒鳴りながら顔の一つを蹴っ飛ばした。
グチャッと濡れた音をたてて壁にぶつかり、緑色のドロドロした状態で貼りついた。
「ぉイひどいヌァ。同胞ヌィなんつぇことするんブァ。」
床に向かって少しずつ垂れながらも再びベンの顔を作るが、歪んでいるので発音がひどくおかしい。
「ぉイひどいヌァ。同胞ヌィなんつぇことするんブァ。」
他の顔がニヤニヤしながら口々にまねをした。
「ジーザス!頭がおかしくなりそうだぜ。同胞だと?この化け物め!いいか、教えてやる。地球は俺たちの星だ。てめえらの好きにできると思うなよ!」
吐き捨てるように言うとドーソンはズヴェズダへと向かった。
「やれやれ、コントロールが効かないのはわかっているだろうに。おいイワノフ、あんたはどうするんだ?」
全ての顔がピタリとまねをやめイワノフに尋ねた。
「一つ質問があるんだが。」
「ホント冷静な男だよ。なんだ?」
「なぜ緊急帰還機を、ソユーズを使わない?わざわざISS全体を落とすなどしなくてもソユーズに乗って地球を目指せば良かったのでは?」
「それならさっきおまえさんが言ってたじゃないか。落下場所を特定されて、またミサイルを打ち込まれてはさすがの我々でも耐えれるとは限らないからな。その点ISS全体で落ちれば、適当なところでクエストから脱出すればいいってわけだ。」
イワノフはいぶかしげな顔になり、しばらく考えてからまた口を開いた。
「なるほど、お前たちは分身同士でテレパシーのような能力もあるみたいだな。だが今言った理由は嘘だな。」
何百というベンジャミンの顔から笑みが消えた。
「なぜそう思う?」
「一番目に飛んだ猿の時は、ポッドに緑色の物体がこびりついていただけだった。今のように活発に動ける状態じゃなかったから、まだ生物として充分な肉体を展開しうる状態ではなかったから、ミサイル攻撃から逃げる事ができなかったんだろ?ベンジャミンの体を吸収した今ならそれも可能なはずだ。」
そこまで言ってイワノフは異変に気づいた。いつの間にかベンジャミンの顔にぐるりと囲まれていた。
「おまえは危険な男だ。」

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(続く)

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